介護の基礎知識 <29-1>

介護情報誌ハナさんVol.29 2007年03月掲載 特集29

食べる、話す、笑う!
生きる力を支援する在宅介護ネットワーク。

 顔面を覆っている皮膚の下には、縦横斜めに多くの筋肉が走っています。これらは「表情筋」といい、相互に作用して目・口の開閉や鼻を動かすなど様々な表情を作りますが、使わなければどんどん衰え無表情になってしまいます。私たちはこの一連の協調運動によって、おいしく食べ、楽しく話し、笑い、歌うことができるのです。

表情筋の動きを想像してみましょう
食べたり、笑ったりしているときの「表情筋」の動きを想像してみましよう。

 今回は、生きる源である「食」、食事をするための「口」を通して、在宅で療養されている方々のQOL(生活の質)の向上をサポートしている実例をご紹介します。何らかの障害を持ち日常生活が思うようにいかなくなったとしても、様々な専門職が持つ知識と技術が共有化され、ご本人や家族の気持ちをしっかり受け止め一丸となったとき、人の手による心の通った介護力を最大限に発揮することができるのです。

 

おいしく、安全に食べるための口作り。

 食べる動作は体の様々な部分と連携しています。噛んだり、飲み込んだりするときに使う筋肉がスムーズに動くように、まず最初に、1.深呼吸をする 2.首を回す・倒す 3.手を動かす 4.胸郭を広げる 5.足踏みをする といった軽い全身のリラクセーションを行いましょう。麻痺などがありご自身で動かせない場合は、首や肩をほぐしたり、肺を広げるように胸郭を伸ばしてあげましょう。呼吸がしやすく食事も楽になります。身体に障害を持っている場合などは、リハビリの専門家に相談してください。

 次に、その方の状態に応じて、唇・頬・舌の動きを促す口腔体操やストレッチを行いましょう。口の周りや頬には多くの表情筋が走っています。舌も筋肉です。血液の巡りをよくして脳の機能を呼び覚ますように、口の外側・内側の筋肉に、やさしくしっかりと負荷をかけます。同時に唾液腺も刺激されるので唾液の分泌も促され、口の中を潤す効果も期待できます。出てきた唾液は呼び水として利用し、口の中もきれいにしましょう歯や入れ歯の手入れはもちろん、 粘性の唾液や痰のからみ、舌の汚れを取ると口の中はすっきりとして味を感じやすくなります。

 介護者が行う場合は自分と比べ、どこの筋肉が硬くなっているのか、動きにくくなっているのかをよく観察して、忘れてしまった動きを思い出せるように、焦らず気持ちを込めて行いましょう。元気になってもらいたいという思いを込めすぎて、疲れさせてしまっては、かえって食欲も減退してしまいます。専門職からアドバイスを受け、その時々の体調に応じて適度に行いましょう。図A〜H (←クリックするとイラストのページにリンクします) は、口腔ケア及びリハビリテーションの参考にしてください。

 食欲が起こらない原因は様々です。医療的な処置が必要な場合もあれば、生活介護の中でその方の障害を補えることもあります。

 食事はしっかり目覚めているときに。目覚めのよくないときに食事をすると誤嚥(食べ物が誤って気管に入ること)などの危険があります。食事中にうとうとしてしまうときは、冷たいタオルで顔面を刺激するなどして目覚めるように促すか、食事を一時中断し1日の中で調子のよいときに5、6回に分けて食べるのもよいでしょう。さらに、使いやすい食器を用意したり、食べやすい食形態にするなど、食べる時間を短縮する方法も検討しましょう。姿勢も大切です。首が安定しない場合はクッションやタオルを使い、誤って気管に入らないよう、「ゴクッ」と飲み込みやすい姿勢が保てるようにします。

  口がうまく閉じられない場合は、上唇と下唇に指を添えて閉じてあげる。舌がうまく使えない場合は、氷水で冷やしたスプーンに食べ物をのせ舌の上に置いて舌を押し下げ左右にゆすり、唇を閉じたらゆっくり引きぬく。飲み込むタイミングがつかめないときは、のどぼとけ周囲の筋肉を上げたり下げたり、一緒に「ゴックン」と模倣しましょう。肝心なのは、モグモグ・ゴックンと安全に食べられる口を作ることです。黒岩恭子先生からのコメント

 入れ歯を長い間入れたままで外せなくなっていたり、口に合わなくなり使っていないようであれば、歯科の診療を受けましょう。歯をみがいたり、口をすすぐだけでは取れない汚れもあり、口臭や誤嚥性肺炎の原因になってしまうこともあります。定期的な検診を受け日頃から口の中を健康に保っておくことは、口の機能を低下させないための予防にもなります。

 

おいしく、安全に食べるための食事作り。

 介護食を考える上で大切なことは、栄養バランスに加え、その人の食べる機能の障害を補えるような食事にすることです。本来楽しみである食事が苦しみにならないように、誤嚥(食べ物が誤って気管に入ること)を起こさず、安全で食べやすく、おいしい食事になるように工夫します。特に、飲み込みが困難な場合は、むせを軽減するために対象者の飲み込みの状態に応じて、栄養や水分を適切な食事の濃度に粘度調整することで、食べる機能を維持できることがあります。

 例えば、ペースト状にしたおかずの後に、水分補給も兼ねたゼリーを食べることで、のどごしよく、口の中はすっきりときれいになります。これは異なった形態の食品を交互に食べることで、飲み込みやすさを促すという安全に食事をするための考慮です。同時に食感や見た目の盛り付けも楽しむことができれば、さらに食欲は増すことでしょう。

 また、このような対応をしても、本人の好みでなければ食がすすまない場合もあります。おいしく安全な介護食は一人ひとり違ってくるのも事実です。食べることが困難になってきた場合、口から味わう楽しみを優先しつつ、不足する栄養・水分を胃ろうや鼻腔栄養(胃や鼻に管を通して)で補給していくという選択がよい場合もあります。

食べる過程、先行期から食道期

 飲み込みに障害のある高齢者の介護食は、1.舌で押しつぶせる程度の硬さであること。2.食べやすく工夫されたもので食塊となっているような形のもの。3.すべりがよく、まとまりがあり、食べ物をのどから食道へ移送しやすいこと増田邦子先生からのコメント

 調理方法が違っても、家族みんなが同じメニューを食べられ、見た目にもおいしそうであることが大切です。「咀嚼力がないから噛まなくてもすむ『極きざみ食』にすればよい」という、間違った解釈が一般的に普及しています。単にきざまれただけの介護食はばらつきやすいため、気管に入ってしまう可能性もあり、かえって誤嚥を引き起こすことになりかねません。

 

特別養護老人ホーム「しゃんぐりら」のある日の昼食をご覧ください。
メニューは全く同じですが、右側の写真は摂食・嚥下機能が低下した人でも
食べやすいように食形態をゼリー・トロミ食に変えて調理しています。

やわらか食とゼリー・トロミ食

 どんぶりの鮭は、目で見てわかるように魚の型を使って温かいゼリー状に加工し、卵と絹さやは「とろみ調整食品」を加えてペースト状にしてあります。主食のミキサー粥(ホットゼリー)は、温かいまま食べられます。野菜の炊き合わせも一つひとつミキサーにかけ、それぞれの味を生かし、デザートは煮りんごをやわらかゼリーにして見た目の彩りも大切にしています。汁は青みのペーストが沈まない程度のとろみつきです。温かいものは温かく冷たいものは冷たく、味にも変化をつけて提供することで飲み込みも誘発されてきます。

 ペーストを作るときは素材によって、だし汁など少量の水分を加えることもありますが、料理したものだけをそのままミキサーにかけることもあります。やわらかいものはスプーンでつぶすだけでなめらかになるものもあるので、栄養面では普通食に劣らないという利点があります。

 しかし、ペーストはゼリー状に比べ、ばらけて口の中に残りやすいものもあります。「とろみ調整食品」で調整したり、ペーストを食べた後にゼリーを食べると口の中をきれいにしながらのどを通過するので、安全に飲み込むことができます。また、1食の献立の中に立体感のあるゼリー状の食事が入ることで、見た目のおいしさもアップします。

 低栄養状態や必要栄養量が摂れない場合は、栄養補助食品を取り入れたり、おやつの時間に栄養のあるものを加えるなどの配慮が必要になります。

 舌の動きやのどの状態、飲み込みなどは個々に違うので、ゼリー状の方がよいのか、ペースト状の方がよいのかは人それぞれです。その日の体調によっては、硬さやなめらかさに敏感に反応してむせてしまうこともあります。体重が以前よりも減っていたり、食べる時間がかかりすぎていたり、食べることがつらそうな場合は無理をせず、専門家の指導を受けましょう。在宅における食支援は、家族の介護を少しでも軽減し、要介護者や家族が安心した生活を送れるように、今何が必要なのか共に考え支援することが大切です。

介護レポート<28> 神奈川県茅ヶ崎市:在宅介護ネットワーク はこちらから
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村田歯科医院院長 歯科医師 黒岩恭子

黒岩 恭子
村田歯科医院院長 歯科医師

特別養護老人ホームしゃんぐりら 管理栄養士 増田邦子

増田 邦子
特別養護老人ホーム
しゃんぐりら 管理栄養士

神奈川歯科大学卒業。1975年より神奈川県茅ヶ崎市で開業。子どもの虫歯予防から介護を必要とする障害者・高齢者の在宅訪問歯科診療まで、他職種とのネットワーク作りにも力を入れ、地域に密着した歯科活動を続けている。 中村学園大学家政学部卒業。病院栄養士などを経て現職。後期高齢者の食介護支援のため「口から食べることの大切さ」を研究課題とする。在宅高齢者の食介護支援として企業などとも協力し、介護用食品の開発にもかかわる。


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