医学が進歩し、口から食べることが困難になっても、胃や腸に管を通して栄養を補給することができるようになりました。これは栄養を補給するという面では素晴らしい技術ですが、食べる行為に勝るものではありません。
人間は口から食べる動物です。食べることは、ただ単に栄養を補給するだけではなく、唾液や胃液を分泌し体内の消化器官を呼び起こします。また、脳が刺激され、「おいしい」「うれしい」という人間らしい感情をわかせます。口から食べることは、体も脳も活性化され、特に活動範囲の狭まった高齢者にとっては、生きていることを何よりも実感できる行為です。
今回は食事介助が必要な方に、安全に、口からおいしく食べていただくためのポイントを、昭和伊南総合病院 言語聴覚士の坂本虎雄先生にお伺いしました。

食べるときの姿勢は、やや硬い座面の椅子に骨盤が安定するように腰かけ、足の裏が床に着き、テーブルの上に無理なく両肘を置ける高さが理想です(図1)。胴体(体幹)がまっすぐに伸び、首が安定し、左右の肩の高さが同じになるように姿勢を整えます。椅子とテーブルだけでは身体が安定しない場合は、クッションやタオルなどを上手に利用するとよいでしょう。体が傾いていると、左右バランスよく噛むことができなくなります。
麻痺があって腕が硬くなっているような場合、ご本人が痛みを感じないようであれば、テーブルの上に伸ばしてのせ、可能であれば指も一本一本やさしく広げてあげましょう。食器をつかむことができなくても、手のひらをテーブルの上に置ければ、体を安定させるための支えになります(図2)。ただし、腕を無理やり引っ張ったり、指をこじ開けたりせず、テーブルやマットの上に置いておくだけでもよいのです。
可能であればベッドから移動し、車椅子からも移動して椅子を使いましょう。車椅子は本来、移動手段として使うものです。長時間座っていると体がずれやすいので、食事のときはできるだけ椅子に座り直しましょう。ベッドから移動できない場合はベッドの横に座り、足の裏が床に着くようにベッドの高さを調整し、テーブルの高さも合わせます(図3)。どうしてもベッド上で食事をする場合、両足を伸ばした状態になりますが、膝下のベッドを上げたり、クッションを入れるなどしてください(図4)。頭から骨盤までは、椅子に座って食事をするときと同じ姿勢になるように調節しましょう。
口は、「食べる」「呼吸をする」「発音する」という働きをしています。普段は気管が開いて息をしていますが(図5)、飲み込む前に気管の入口が閉まり、食べ物や飲み物が食道に入っていきます(図6)。
安定した姿勢を保ち、自分のペースであごを引き「ゴックン」することで、のどから気管への送りがスムーズになり、むせにくく、誤嚥しにくくなります。特に飲み込む機能が低下している人は、あごを引いた姿勢が大切になります。上を向くと気管が開き、食べ物や飲み物が肺へ入ってしまう誤嚥の危険が高まります(図7)。
なかなか飲み込めない場合など、適度に角度をつけた方が飲み込みやすい場合もあります。ほおを指先で軽くたたいてあげるのもよいでしょう。食品の物性や、その日の体調によって違ってくることもあるので、その方の状態をよく観察して、むせやすかったり、危険を感じる場合は、無理をせず専門職の指導を受けましょう。
盛り付けを見せたり、献立を説明して食欲を引き出しましょう。目からの刺激や料理のにおいは脳に伝わり、食べたいという意欲を誘引し、唾液が分泌されるなど体の中で食べる準備が始まります。食べるための器官である、口や舌、ほお、あごなどの筋肉の準備も同様です。
食べ物を口に持っていくときは、必ずスプーンを目の下でいったん止めて見せてあげてください。この確認が、食べる準備をすることの手助けになります。
スプーンはあまり大きくなく、あまり深くないものを使いましょう。子供の離乳食用のものでもよいでしょう。一口は、多すぎても少なすぎても飲み込みにくいものです。ゴックンと一口で飲み込めるくらいの量がよいでしょう。飲み込む様子をよく観察して、その人にあった一口量を見極めましょう。
気が付かないうちに自分が食べている感覚で、スプーンを本人の頭の上から差し出してしまうことがよくあります。本人が食べていることを再認識して、スプーンをテーブル面から運びましょう(図7)。 のどは、食べ物が入る食道と、呼吸をしたり声の源を発する気管の入口に向かうまでは、同じ管を通ります。食べ物が食道に流れていく道は、食べ物をため、左右の溝に導く靴べらのような形の稼動式堤防(喉頭蓋)と、流れやすく気管にあふれないようにする溝と堤(梨状陥凹部)などの器官があり、それらの動きが反射的・協調的な一連動作を行い、誤嚥しないようにしています。もし、気管に誤って食べ物が入った場合は、“むせ”ることで流入物を出そうとします。
人間は直立二足歩行になったことで重い頭を支え、首が太く長くなり、生物の中で最もむせやすい生き物だといわれています。“むせ”は肺炎をおこさないための最後の砦ともいえます。口の中やのどの菌が食物と一緒に入って増えてしまうと肺炎となるわけですから、肺炎を予防するためには口腔衛生が重要です。“むせ”は正常な反射活動であり、むせないことのほうが危険です。むせることは、食べる機能の低下や、誤嚥の兆候を示す信号としてとらえましょう。
スプーンの背を下唇に当て、口が開くのを待ちましょう。反応が鈍い場合は、スプーンの背で唇の周りを軽く押したり、やさしくたたいて刺激を与えましょう。
口が開いたら、舌の真ん中のくぼみの上にスプーンを置きます。本人が口を閉じて、唇で取り込もうとしてから、ゆっくりやや上に向かってスプーンを引き抜きます。
「ゴックン」と飲み込んだことを確認したら、次のスプーンを運べるようにテーブル面で用意して待っていましょう 。食事が始まったら、主食、おかず、主食、おかずとリズミカルに、本人の食べるペースを促すように60分以内ですませるのが目安です。
水は、目には見えない小さな分子がたくさん集まってできています。分子と分子は付いたり離れたりが容易にできるので、水は「サラサラ」と自由自在に形を変えて流れることができます。
実はこの「サラサラ」が、飲み込む機能の弱っている人には、むせやすい飲み物になってしまいます。一見、コップの中やスプーンの上ではまとまって見える水ですが、絶えず付いたり離れたりしていて、口の中でもまとまっているようで実はバラバラになりやすいのです。水を飲んでむせるのは、このバラバラになった分子の一部が、のどの別れ道で気管に入ってしまうからです(図8)。
そこで、この分子がばらけず一体となって食道へ流れていくように、とろみをつけたり、ゼリー状にすることで、飲み込みやすい形態に変えることができます。

とろみをつけるものには、片栗粉、くず粉、コーンスターチなどがあり、みそ汁やあんかけなど、主に温かい料理のとろみつけに適しています。今は、とろみのついた製品も多くのメーカーから発売されています。市販のとろみ調整食品(増粘剤)は、温かいもの、冷たいものでも溶けやすく飲み物にも便利です。同じ分量のとろみ調整食品でも、お茶、ジュース、牛乳など液体に含まれている成分やその温度によって、とろみ具合が変わる場合もありますので、それぞれの商品に記載されている分量・作り方を試し、対象者の状態に応じて調整しましょう。
飲み物にとろみをつける場合は、最初は薄めに作り、むせるようであれば少しずつ濃くして調整します。濃すぎる場合は、とろみをつけるよりもゼリー状にした方がよいでしょう。付着性の低いとろみ調整食品等も市販されていますので、新しいものを試していただくのもよいでしょう。
飲みにくい・食べにくいことが原因で、水分摂取量が減ったり食欲が減退してしまっては、とろみをつけても意味がなくなってしまいます。とろみ具合は自分で実際に試してみましょう。
人間は、常に水分を排出し、新しい水分を補給していかなければなりません。水分が不足したり、滞ったりすることだけでも病気は引き起こされます。川の流れも滞れば虫が湧くように、人間の体は川のようなものだともいえるでしょう。
※現場を回っていると、「とろみが強いなぁ?」という印象があります。特に、お茶などの水分摂取物のとろみです。 “とろみをつけたほうが安全”という介護者側の配慮があるのでしょうが、過度のとろみはかえって、のどの残留を多くしたり、喫食の意欲を損なう ことにもなります。一般に、軽度の右片麻痺の方などは、薄めのとろみでよいでしょう。しかし、重度の左片麻痺の方などは、薄いとろみでは危険 な場合もあります。 安全が第一ですが、もう一度とろみ状態を再検討していただきたい というのが私の提案です。
