介護の基礎知識 <33-1>

介護情報誌ハナさんVol.33 2008年06月掲載 特集33

口腔ケアで生活改善、脱水症・低栄養を予防する。

口腔ケアで生活改善

双子の静子さんと陽子さんは共に喜寿(77歳)を迎えました。
誕生日に親族が集まり祝ってくれましたが、二人とも大きな病気をしたわけではないのに、 表情も、食欲もまったく違っていたのです。
古稀(70歳)の祝いのときにはお揃いの服を着て、 見分けがつかないくらいよく似て、よく食べ、よく飲み、よく話していましたが、 このままでは傘寿(80歳)の祝いのときには、全くの別人のようになっているかもしれません。
米寿(88歳)、卒寿(90歳)、白寿(99歳)と、長寿の祝いを元気な姿で迎えられるように、 皆さんも今日から「介護予防」を意識して生活を改善していきましょう。

 

食べることと脳の関係。

 食事は健康の源です。食事をおいしく食べ続けることが、健康を維持・向上していくための第一条件ともいえますが、高齢になると「歯を失う」「むせやすくなる」「胃腸の機能が弱まる」など、食べることに何らかの障害を起こしやすくなります。「年だから」と、こうした状態を放置しておけば、大きな病気をしなくても食欲を失い、脱水症低栄養などの原因となり、健康を損ねてしまうことになりかねません。

 「元気がない」「食欲がない」「体重が減った」などの変化を見逃さず、年をとったからこそ「介護予防」を意識して、元気に過ごすための習慣を生活の中に取り入れることが大切です。

 人間の行動は脳の働きに関係しています。ペンフィールド(脳外科医)は、脳内に電気刺激を与える実験を繰り返し行い、脳の場所によって、手や足、口などの感覚や運動が分業で行われていることを発見し、「ペンフィールドのマップ」として発表しました(図1)。

 これによると、大切な食べ物を体にとり込むための口は、脳のおよそ40%の面積を占めています。食べるときに使う手までを合わせると、実に70〜80%も使われていることになります。姿勢を整え、目で楽しみ、においを感じ、自分の手を使い、しっかり噛んで味わうという「食べる行為」は、脳にたくさんの刺激を与えるというわけです。

ペンフィールドのマップ

 

歯の役割。

 歯は、食べるために必要な大切な機能です。食事はよく噛み、味わって、唾液を分泌してからめて飲み込んだほうが、脳への刺激は多くなり、上手に飲み込めます

 日本人は虫歯や歯周病などで徐々に歯を失っていく人が多く、80歳で自分の歯が20本以上ある人は2割ほどしかいません。1本も歯がない人も少なくありません(厚生労働省 平成17年歯科疾患実態調査より)。自分の歯を使い続けることは理想ですが、歯を失ってしまった場合は「入れ歯」で代用することができます。

 ところが、「入れ歯がぴったりしない」「歯がなくても食べられる」と、あきらめてしまっている人が意外に多いのです。100%元の状態に戻らなくても、入れ歯が十分機能するのとしないのとでは、健康度に大きな差が出てしまいます。

 歯肉がやせて入れ歯が合わなくなり、そのまま使わなくなってしまった静子さんは、元気がなく、むせやすく、食欲も落ちてしまいました。入れ歯を調整し機能を回復させた陽子さんは、よく噛め、食欲もあり活動的です。おまけに顔のしわも伸びて、静子さんよりも若く見えるのです。

入れ歯を使用しないと

好きなもの こうした悪循環に陥らないためにも、弱っていたり、失ってしまった機能はそのままにせず、補えるものはしっかり意識してケアしていきましょう。

 なかには、入れ歯を使うことを拒む人もいますが、そうした場合は無理強いせず、その人の好物の話をして気持ちを動かすなど「入れ歯を入れてでも、食べたい!」と、本人が思うような状況を作ることから始めましょう。また、歯科訪問診療に対応してくれる歯科医、歯科衛生士は高齢者のケアになれているので、こうしたサービスを使って専門家からさりげなく促してもらうのもよいでしょう。

 

「むせやすい」と感じたら。呼吸と嚥下

 私たちが食べたり飲んだりするものは、のどを通過して食道へ流れていきます。のどは、食べ物などの通り道であると同時に、呼吸をしている空気の通り道でもあり、この二つの道は交差しています(図2)。

 飲み込む(嚥下する)ときは一瞬、呼吸の道が塞がれて(呼吸が止まって)食べ物や飲み物は食道へ流れていきますが、そのタイミングがずれてしまうと気管に入ってしまうことがあります。正常であれば、むせることで送り返してくれるのですが、むせる機能が弱ってくるとそのまま肺へ流れてしまう(誤嚥する)こともあり、「誤嚥性肺炎」を引き起こす原因になります。無意識に飲み込んでいる唾液でも同様のことが起こります。

 年をとると筋力が低下するように、飲み込む機能も低下してむせやすくなります。食事をするときはゆったりとした気持ちで、姿勢を整え、一口ずつよく噛んで味わい、唾液の力も借りてのどを通過しやすい形(食塊)にしてから「ゴックン」と、のどを意識して飲み込むとよいでしょう。

 それでも、サラサラした液体や、パサパサ・ポロポロした食品などは、むせやすく誤嚥しやすいものです。このような場合はのどを通過しやすいように、とろみをつけたり、あんかけにすることで、飲み込みやすくなります

 なお、「とろみをつけてもよくむせる」「むせはないけれど発熱がある」「食べているのに元気がない」場合は放置せず、早めに医師の診断を受けましょう。

 

口腔ケアとは?

 口腔ケアとは、広義で「口のもっているあらゆる働き(噛む、飲み込む、発音する、呼吸するなど)をケアすること」を意味し、狭義では「口の中の衛生状態を維持・向上するための一連の口腔清掃」を指します。

 介護予防における口腔ケアは、誤嚥性肺炎の予防にリハビリテーションの観点が加わった「口腔機能の向上」に重点が置かれます。口の機能を健全に保つためには、定期的に歯科診療を受けることをおすすめします。歯の治療口の中の清掃はもちろん、口腔体操など様々なリハビリテーションのプログラムがあります。「よく噛めない」「むせやすくなった」と感じたら、適切な指導を受けましょう。

 様々な調査で「食事」が高齢者の楽しみの第1位にあげられるように、食べることは心身の健康を大きく左右します。口腔ケアにより、おいしく安全に食べることが維持できれば、脱水症や低栄養の予防をはじめ、認知機能の低下予防活動性の向上など生活の質の向上へとつながります。

 

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菊谷武

 

菊谷 武 歯学博士

日本歯科大学准教授 日本歯科大学附属病院口腔介護・リハビリテーションセンターセンター長。日本歯科大学歯学部卒業。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会評議員など幅広く活躍。『介護予防のための口腔機能向上マニュアル』(建帛社)など著書多数。


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