たけうち先生の介護講座 事例研究<09>

“なじみの関係”と“役割”で現実の世界に 

 正造さん(仮名/男性/82歳)は農業の傍ら伝統芸能を指導したり、神社やお寺、老人クラブなど地域の世話役をこなしていた。5年前、屋根から転落し右肩 を骨折。頭部の外傷はなかったが、高熱が続きしばらく自宅で療養していた。回復後、一人で外出するとなかなか家に戻らない、朝夕問わず近所のチャイムを鳴らすなど徘徊が始まる。その他、器物破損、幻覚妄想、昼夜逆転などたくさんの問題を抱えるようになる。
 主介護者である奥さんは胃を切除しており、体の不調を訴えている。正造さんは昨年よりデイケアに通い始めるがすぐに帰りたがり、食事、水分摂取、入浴など全てにおいて拒否。普段から、ときどき腰痛や発熱がある。水分摂取量は、1日700〜900mlと少ない。パンツの中にコロコロした便が出ていることもある。

 

毎日の体調管理が大切

 認知症の症状が「脱水」「便秘」などによる体調不良に現れたりひどくなることがよく知られています。デイケアではこの点に注目して、「十分な水分摂取」「排便コントロール」「日常生活リズムの確立」を手始めに、本人の認知症の症状の緩和を目指しました。 
 1日に700〜900ml程度だった水分摂取を、家700ml、デイケアで800ml、合計1,500mlを目標にしましたが、最初の頃は拒否することもしばしばでした。しかしスタッフの入念な配慮や他の利用者と一緒にお茶の時間を過ごすうちにうちに次第に習慣となり、今ではしっかり飲めるようになりました。
水分不足は便秘や発熱の要因になり、さらに脱水が進むとうつらうつらしはじめて傾眠状態になり、認知症の症状がなくてもうわごとをいったり、幻覚が出ることもあります。認知症の場合には症状を悪化させます。
 また、便秘に対しては、水分摂取、食事内容を整える、定時の排便、規則的な生活を試みました。食事も水分同様拒否され夏には体重が減少してしまったので、話し好きな正造さんにスタッフが付き添い、話の合間に一口むすびを手に乗せ一緒に食べるなど試行錯誤した結果、食事量も体重も徐々に増え、用意された昼食をしっかり食べるようになりました。
便秘も認知症の症状を悪化するので定時にトイレへ誘導し、排便が習慣になるように試みて、だいぶん規則的になりました。風邪や腹痛などのちょっとした病気でも、その不快感から認知症の症状が悪化することもあります。しかし、体調がよくなると認知症の症状も改善することがよくあるので、すぐに認知症のが進行したと思わずに、普段から定期的に医師の診察を受けるなどの体調の管理を心がけましょう。 

 

落ち着いた環境と役割で認知症の進行をストップ!

 地域の世話役をしていた正造さんには、デイケアの中でも世話役をお願いする姿勢で接したり、職員が交代で話し相手になるなど試みましたが、帰宅願望が日増しに強くなり休みがちでした。デイケアは正造さんにとって新しい環境であり、多くの見慣れない人や物とのかかわりから、ますます孤独感を深めてしまったようです。しかし正造さんに接するスタッフを固定し、大勢の人がいるのとは別の小さな部屋で、4〜5人の顔なじみと過ごすようになってからは、入浴介助も拒否しなくなり、帰宅願望もなくなってきました。少人数のいつも同じ顔ぶれで “なじみの関係”をつくることで、その人たちを認知するようになり、周りの人との関係もうまくいくようになりました。
 正造さんがデイケアに通うようになっておよそ1年が経過した今年、民家を利用した少人数の認知症専用通所介護施設が開所しました。お寺や神社の世話役を経験している正造さんは、顔なじみになったスタッフの一人を「神官」と思うようになり、その人のいうことは聞かなくてはいけないと手伝いを始めました。「よっしゃ!」と少し喜んだ感じで行動したり、帰宅願望のある人を「4時過ぎには送ってもらえるよ」となだめたりもします。「役割をもつ」ことは現実の世界であり、同時にその人を人や物と結びつけるものです。世話役だった正造さんは“なじみの関係”ができた「神官の手助けをする」という役割によって、現実の世界に生きていることを実感したようです。
 この施設は町の文化の中心地にあり、家庭的な環境の中で、個別の対応を心がけています。「散歩によるADL(日常生活動作)の確保」「趣味活動による精神的安定の維持」「施設内での役割をもった生活作業の継続」「地域との交流による社会的役割の確立」を目指した生活を通して、正造さんは自ら通所施設へ行くことが楽しみになりました。現在、徘徊、器物破損、昼夜逆転など認知症による異常行動は治まり始め、家族や理解ある地域住民にあたたかく見守られ、立派な世話役になり自主性を取り戻しています。なじみの関係と役割
  主介護者である奥さんも、正造さんがデイケアに通うようになってからは時間的拘束から解放され、自分の時間を持てるようになりました。また、同じ痛みを分かち合える家族会に参加することで、精神的拘束からも解放され、家での生活にも変化が見られるようになりました。

 

コラム 認知症のケア4原則

1.共にあるケアを目指す・・・「ケアをする」ではなく、「共にある」という態度で接する  
2.少人数の安定した関係を作る・・・不安定な気持ちを取り除くため、安定した環境や関係をつくる  
3.理由を考え行動の了解をする・・・なぜこういう行動をとるのか我が身に引き寄せ解明し、その行動の理由を了解する  
4.異常行動の3タイプに応じたケアをする    
 
  ●葛藤型(粗暴行為などで自分が置かれた状況に異常反応する)・・・孤独を感じさせないようにする   
  ●遊離型(ボーッとしていたり、言葉をかけても反応しない)・・・現実を気づかせ、現実に立ち戻るきっかけを一緒に見つける    
  ●回帰型(過去の自分に戻ってしまう、徘徊する)・・・どういう世界に帰っているかを見つけ、その世界の一人を演じ、現実に戻ってくるよう働きかける 


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