たけうち先生の介護講座 事例研究<21>

住みなれた我が家へ帰ろう!

寝たきり 蛍さん(74歳/女性/仮名)は夫の死後、拒食物忘れなどの症状が現れるようになり、体重の著しい減少が見られ入院した。アルツハイマー型認知症と診断され、栄養補給のため胃ろうを造設(胃にあけた穴にチューブを通して水分や栄養を補給するもの)。おむつを当てられ、ほぼ寝たきりの状態で介護老人保健施設に入所した。
  二世帯住宅に居住し生活は別々にしていた長男は、意思の疎通ができなくなってしまった母親の姿にショックを受け、「妻が自宅で介護することはできない」と、施設入所という選択しかないと思い込んでいる。
 施設の相談員から「おむつが外れ、家族の介護負担が軽減できれば、お母様はご自宅で過ごすことができますね?」と尋ねられた長男は、「今の状態では想像できないが、もしそうなれば母の家なのだから……」と答えた。

 

「胃ろう」は本当に必要だったのか?声かけ

 相談員はまず、ペットボトルのキャップ程度の小さな容器に水を入れ、蛍さんに飲んでもらいました。「のどぼとけ」が上下に動くかどうかを確認(水飲みテスト)してみると、むせはなくゴクンと飲み込むことができました。飲み込む機能に関しては問題がないようです。口の中を見てみると歯はなく入れ歯を使用していなかったので、長男に許可を得て、施設訪問してくれる歯科医に入れ歯を調整してもらいました。
  入院していた病院からは「ペースト食」という申し送りがありましたが、入れ歯が入ったこともあり、少しやわらかめに調理した普通食を食べやすい大きさに切ってから盛り付け、介護スタッフが一口ずつ声をかけながら介助すると、蛍さんはスプーンを持ってゆっくり食べ始めました。最初は半量食べるのがやっとでしたが、家族から聞いた好物をおやつの時間に用意すると好んで食べ、全体的な食事量は徐々にアップしていきました。
  特に趣味もなく夫の世話を自らの役割としてきた蛍さんは、夫を失ったことで孤独を感じ、気力も食べる意欲も喪失し、物忘れもひどくなるという悪循環に陥ってしまったのでしょう。拒食や物忘れという症状が現れた初期の段階で、原因を見極め適切な対応ができていれば、胃ろうを造設する必要はなかったのです。

 

「おむつ」は本当に必要だったのか?排泄の自立

 寝たきり状態の蛍さんでしたが、ベッドから車椅子に移動する際、リハビリスタッフが手をとってみると5秒以上立てたので、そのまま歩行器につかまってもらい徐々に歩く練習を開始しました。食堂に一番近い部屋を使えたので、介護スタッフが付き添うことで、すぐに食堂まで歩いて行けるようにもなりました。
  入所して1ヶ月後、長男夫婦が蛍さんの大好物の鱧寿司を差し入れると、おいしそうにペロッと食べてしまいました。表情は明るく、食堂もトイレも自分の足で歩いて行きます。他の入所者と近くの公園へ行き、一緒に散歩をしていることも聞き、夫婦は驚かされました。
  「次回はご一緒に外食されてはいかがですか?」と相談員に促された夫婦は、2週間後、蛍さんを連れて和食レストランへ行きました。施設を出る前に
トイレに誘導し、食事が終わった後レストランでもトイレに誘導することで、おむつを使用することなく排泄が自立していることを確認しました。病院では、排泄の意思を示すことのできない蛍さんをトイレへ誘導せず、おむつを当て寝かせたままにしていたのです。
  会話が成り立たないこともありボケてはいても、一緒に食事をしている蛍さんの表情は穏やかでした。「何かあれば、いつでも施設に連絡してください」といわれた長男夫婦は、蛍さんを自宅に連れて帰りました。蛍さんは現在、併設のデイサービスセンターに週に4日通い、体操やクラブ活動に参加しています。

 

施設での生活なじみの関係

 蛍さんが入所していた介護老人保健施設では、4〜5人の入所者を一人の介護スタッフが担当します。いつも同じスタッフがケアすることでなじみの関係ができ、食卓を囲む仲間も顔なじみになり、一緒にお茶を飲んだり、テレビを見たりと、安定した環境の中で過ごしていました。
  日常生活の中で自立するためには、まず「体力・活動力」が基盤になります。食事がしっかりとれるようになった蛍さんの体力は回復し、自ら歩くことで筋力もついてきました。次に「意欲」を引き出すため、施設の生活に積極的に参加してもらおうと、朝・夕は庭の植物に水をやる役割、午前中は体操、午後はクラブ活動にも参加。自らの役割を持ち、仲間と交流できる「環境」が整ったことで、孤独感は徐々に解消されていきました。その間、水分補給、トイレ誘導などをケアしてもらうことで「心身の機能」は保たれ、認知症の症状は落ち着いていったのです。



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