ナーシングホーム「気の里」は、緑に囲まれた小高い丘の上にあります。いくつもの大きな窓からは、外の景色が一望でき、お天気のよい日には部屋いっぱいに陽光が差し込みます。暑い夏の日でも、自然の風がスーッと涼やかに流れ込む。まさにその名の通り、全身で「気」を感じることのできる癒しの空間です。
介護は生活そのものです。在宅で介護をしているご家族にも一人ひとりの生活があり、休息も必要。そこで、ご家族が安心して要介護者を預けられる場所を地域の中に作ろう!そしてお預かりする要介護者には、「食介護」を通してお元気になっていただこう!という、看護師である田中施設長の熱い思いが込められ、5年前に定員40名のデイサービス、2年前にベッド数21のショートステイが開設されました。
ナーシングホームは「看護師のいる家」という意味です。医療知識を持ち、経験を積んできた看護師が24時間常駐しているので、重度の障害を持っている人でも安心して利用できるのが特徴です。
午前中のデイサービスでは、毎日専門の先生を招いて様々な趣味の教室が開かれます。やる気や喜びを引き出してくれるカルチャースクールです。月曜日はフラワーアレンジメント、火曜日は音楽療法、水曜日は書道、木曜日は絵手紙…。ショートステイの利用者も一緒に参加することができます。
今日は音楽療法の日です。先生がピアノを弾き会話を交えながら、思考を凝らしたプログラムが展開されます。「じゃんけん手合わせ」ではペアを組み、スタッフも一緒になって「タータラ、タラタラ、ジャンケンポイ!」「やったね!」「わからないなぁ〜」などなど、様々な声が聞こえ、笑いを交えての全身運動を行います。「山の歌」では雷係りが、「海の歌」では波係りが、道具を使って効果音を入れます。全員で合唱した後はAグループとBグループに分かれ、「山の歌」と「海の歌」を1小節ずつ交代に歌っていきます。音感を意識しながらの頭の体操です。詩の意味やストーリーを思い浮かべて話し合ってみたり、手話を交えて歌ったりと、仲間と共に音楽に親しむ楽しいひと時です。
午後も施設のスタッフが中心となり、様々なプログラムが行われます。レクリエーションを楽しむ人、癒しの空間で一服している人、散歩をする人。建物の周りは、季節の草花を楽しめる散策コースになっています。物語の主人公になった気分で「恋人の小道」を進んでいくと、ベンチが設置された休憩スペースがあるなど、建物の中にも外にも、ほっと一息できる空間が設けられています。
家に帰ってからの夕食もおいしくいただけるように、最後は全員集合!マイクを握って得意な唄を歌う人がいれば、ハーモニカでハミングする人も加わり、全員で大合唱です。送迎の車の準備ができる頃、歌って踊る「気の里音頭」でデイサービスの1日は終わります。
食べることは、生活行動の一つです。食行動ができれば他の生活行動につながり、生活行動が整えば食行動も整う。このように生活行動は重なり合っていることから、「楽しんで活動していたら、それがリハビリになっていた!」という、訓練とは一味違うプログラムを1日の生活の中に盛り込んでいます。楽しみながら活動量を高めていく、こうしたことがごはんをおいしく食べるための「生活リハビリ」であり「食介護」になっているのです。

※月に1回、俳句の会では皆の作品を発表します。
<一つの行動ができることで、次の行動につながる例>
●発声ができる⇒唄が歌える⇒呼吸が強くなる
●呼吸状態がよい⇒飲み込みができる
●体のバランスがよい⇒座れる⇒誤嚥が少なくなる
●指先、腕を動かせる
⇒スプーンや箸を持ち、口へ運べる
●立ち上がり、座れる⇒筋力がアップする
⇒体が安定する
●歩行ができる⇒食卓まで行ける
⇒皆と一緒に食べられる
<プログラムに参加することのメリット>
●同じことを繰り返すので上達し、ちょっと人の役に立てる
●仲間の顔ぶれが同じなので、友達の輪が広がり、互いに支えあう
●趣味を深め、共通の話題ができることから、生活に豊かさが加わる
●楽しみが増え、活動が拡大する
食事を提供するにあたっては、利用者にかかわるすべてのスタッフが、その人の状態を知り、その日の体調を感じ取る必要があります。そのために、デイサービスルームもショートステイのリビングダイニングも調理室とひと続きになっていて、対面式のカウンターの扉を開ければ、それぞれの調理室から皆さんの様子をうかがうことができるように設計されています。食事を作る調理師も、食べることをケアする介護スタッフも、食べるご本人も一体です。

※デイサービスの利用者は、
ほとんどの人が普通の食事を召し上がっています。
認識障害のある人には、ご飯をおにぎりにしたり、
声かけをすることで、食欲を促す対応をしています。

※リビングダイニングから見た調理室。
調理担当者も利用者も、お互いの様子をうかがえます。

※ショートステイの利用者のなかには、
ミキサー食を召し上がる人もいます。
同じミキサー食でも、一人ひとりの食べやすさ、
飲み込みやすさに応じて調節します。
※現在は、咀嚼機能に応じて3種類、
嚥下機能に応じて2種類の食形態で対応しています。

※ミキサーのかけ方も1種類ではありません。
口腔ケアは毎日の習慣 食事の前後、自分で動ける人は自然に洗面所へ向かい、手を洗い、口腔ケアをします。口の中が清潔に保たれていれば、誤嚥による肺炎が防げることをしっかり説明されているので、きれいな口で安全に、おいしくいただくことが習慣になっているのです。
口腔ケアの方法は、その人の状態によって様々です。麻痺のある人はより入念に、緊張を和らげるためにマッサージを受けたり、唄を歌って呼吸を整えたり、食前体操をして「よく動く口」にします。
和子さんは左右両側に麻痺があり、四肢の運動障害、嚥下障害などが見られ、一人では体を自由に動かすことができません。1ヶ月前までは、造設された胃ろう(栄養を補給するために胃に開けた穴)から栄養を補給していましたが、「
気の里」で「食介護」を受けるようになると、リハビリの効果も現れ、食べられる口を取り戻すことができました。今は、1日1回程度、水分の不足分だけを胃ろうを使って補給しています。
和子さんののどは、美顔パックが乾いて貼りついたときのように乾燥してしまいます。まずは、口の中を潤すために氷をほおばり、口腔ケアを始めます。唾液のからみをとってもらい口の中がすっきりすると、ベッドに横になりストレッチをしながら胸を開いて呼吸運動です。肩甲骨もお腹も気持ちよく伸ばしてもらい、肺を押し広げて痰を振るい落とします。施設長が「春を愛する人は
〜」と歌えば、和子さんも一緒に四季の唄を歌い、一曲分たっぷりの全身ストレッチです。その後、自ら手をあげて体を動かし、こわばりを緩和させていきます。
しっかり目が覚めたところで、ベッドの角度を調整します。和子さんの今の体の状態では、椅子に座るよりもベッドの上で座位を調整した方が、飲み込みやすい安定した姿勢が保てるのです。食事はペースト状になっていますが、本日の献立の説明を受けると、きれいに盛り付けられたお皿を見ながら「ウンウン」と笑顔でうなづき、五感の始動開始です。
食事介助をする際は、食べている人の様子がよく見える位置で、舌、唇、ほお、のどが、どのように使われているのかをよく観察します。自分自身が食べるときに、顔面と口の筋肉(舌も筋肉です)をどのように使っているのかを意識してみると、観察すべき点が見えてきます。
一口量は多すぎても危険ですが、ある程度の量がないとのどの反射がしづらく、飲み込みにくいものです。
スプーンは食べる人に合わせて、一口量がスプーンの端からはみ出さないくらいの大きさで、スプーンを介して食べる人の舌の感触が伝わってくるような、軽いものを選びましょう。柄の長いものは感覚が伝わりにくく、角度があると自分の指で食べる人の口の中が見えないこともあります。自分の手が食べる人の手に代われるように、スプーンを通じて指先に伝わってくる感覚をつかみましょう。
見た目は同じミキサー食に見えても、食材や調理法、食べるときの温度によって、なめ
らかさや飲み込みやすさが違ってきます。重度な人ほどその違いを敏感に感じてしまうので、食べている人をよく観察しながら介助することが重要です。口の中で滑りやすく、のどごしがよくなるように、唾液の代わりに、スプーンにのせたご飯を水分にくぐらせたり、スプーンの裏だけに水分を当てるなどの工夫が必要な場合もあります。
唇はセンサーのように敏感です。下唇にスプーンを押し当てると、舌が食べ物を受け
取る準備を開始します。舌のくぼみが、スプーンから食べ物を受け取ったことを確認できたらスプーンを抜いて、よく噛んでもらいましょう。ペースト食でもそのまま飲み込むのではなく、よく噛んで味わうことで、飲み込むための準備体操になるからです。しっかり口を閉じて、呼吸を止めたままうなずいて、「ごっくん」「はー」、一口ずつ飲み込んだことを確認しながら次の一口に進みます。
食べている途中でも、顔の筋肉が動きやすいようにほおにマッサージを加えたり、「ハピバスディー、パッ、パッ、パッ、」などと声を出しながら、呼吸の確認をします。呼吸と発音を聞き、耳で観察することで、飲み込みの状態を確認することができるのです。呼吸状態がよいということは、何らかの工夫によって飲み込みができるというサインです。そのサインをしっかり受け止めて今できることから始め、その人にとって適切な「食介護」を行いましょう。
和子さんは退院直後から、体力の回復と嚥下訓練の目的で「気の里」を利用しています。今はまだ「気の里」で過ごす時間が長いのですが、徐々に外出を重ね、自宅へ戻る準備をしています。
退院後28kgだった体重は4ヶ月が経過し、33kgまで増えてほおも少しふくらみ、介助付きで歩くトレーニングも始めました。家で過ごす日は胃ろうから栄養補給をしていますが、ご主人が食事介助のトレーニング中です。和子さんが過ごしやすいように自宅も建築中で、家族団欒で過ごせる日もそう遠くはないようです。